福岡高等裁判所 平成5年(う)259号 判決
1 裁判所は,検察官が訴因として掲げた公訴事実と異なる事実を認定することにより,訴因との同一性を害し,被告人に不当な不意打ちを加えてその防御に実質的な不利益を与える恐れがある程度にまで至っていると考えられる場合には,被告人に防御の機会を与えるために訴因変更の手続を経なければならないと解されるところ,訴因と認定事実との間にどの程度の食い違いがあれば訴因変更を要するかについては,訴因が審判の対象としての機能をも担っていることからして,基本的には,訴因において表象された事実と認定事実とを比較して判断すべきであると考えられるが,訴因変更の手続が具体的事件に即したものであることからすると,当該事件の審理における被告人の防御方法をも加味した上で総合的に判断すべきものと解される。これを本件についてみるに,本件訴因と原判示事実とは,被告人がNから各現金200万円の交付を受けた原因が,贈与によるのか,消費貸借によるのかの点において食い違いがあるとはいえ,その余の犯行の日時・場所,現金が交付された趣旨等の事実関係は全て同一であること,また,本件訴因における贈与と原判示事実における消費貸借とは,被告人がNから交付を受けた現金の所有権が,無条件で移転したのか,それとも同一の金額を返還する約束のもとに移転したのかの点において食い違いがあって,必ずしも原判示事実が本件訴因を縮小したという関係に立つとはいえないものの,そのいずれであっても刑法197条1項前段の収賄罪を構成する点において差異はなく,刑法的には,その食い違いはさして大きなものとはいえないこと,また,本件で問題となっている金銭授受の原因としては,所有権の移転を伴う贈与ないし消費貸借のほかには,その保管を委託するだけの寄託しかなく,そのいずれであるかを認定するための証拠方法は基本的に同一であると考えられるから,金銭授受が贈与であるとする本件訴因に対する防御方法は,それが消費貸借であるか否かについての防御方法をも包含しているのが通例であること,しかも,被告人は,原審での審理を通じ,Nから現金の交付を受けた原因は消費貸借である旨主張し,その防御を尽くしてきたと認められることからすれば,原判決が,本件訴因に対し,訴因変更の手続を経ることなく原判示事実を認定したことが,被告人に不当な不意打ちを加えてその防御に実質的な不利益を与える恐れがある程度にまで至っていたとはいえず,論旨は理由がない。
2 公務員がその職務に関し金員の貸与を受け賄賂を収受した場合には,貸与を受けたことによる「金融の利益」が賄賂になると解されるところ,このような「金融の利益」自体を同法197条の5前段により没収することはできない上,その価額を合理的に算定することも不可能であるから,同条後段により追徴することもできないと解される。しかしながら,同法197条1項前段の収賄罪の目的物である賄賂について同法197条の5を適用することができない場合であっても,没収及び追徴に関する一般規定である同法19条1項3号,19条の2の要件が満たされる場合には,裁量的に没収又は追徴を科すことができると解される上,被告人はNから各現金200万円の貸与を受けたことによりその所有権を取得したと認められるから,右現金は同法19条1項3号にいう「犯罪行為に因り得たる物」に当たると解することができる(最高裁昭和33年2月27日第一小法廷決定・刑集12巻2号342頁,同昭和36年6月22日第二小法廷決定・刑集15巻6号1004頁参照)。なお,刑法19条1項3号の立法趣旨が所論主張のようなもの(犯罪に基づく不当な利益を犯人に保持させないようにするため)であるからといって,同号により没収できる物を,犯罪行為によって得た不当な利益だけに限定する必要はなく,右利益と密接不可分の関係にあり,かつ犯人に保持させることが許容できない物についても没収できると解する方が,より同号の趣旨に沿うと考えられるから,この点に関する所論は採用できない。
更に,本件各犯行における消費貸借は,「無利息,無担保,期限の定めなしの約束」であったこと,被告人がNから貸与を受けた各現金200万円は,民法708条の「不法の原因の為め…給付したるもの」に当たり,同人としては,被告人にその返還を請求できないことからすると,右消費貸借はいわば贈与と紙一重であると評価できる上,被告人は,原審段階においては,いまだNに対しその返還をしていなかったのであるから,原判決が,刑法19条1項3号,19条の2を適用して,被告人に対し,Nから貸与を受けた現金に相当する金400万円の追徴を言い渡したことが,その裁量権の範囲を逸脱したものとはいえない。